今回のインタビューは賃貸情報株式会社の遠藤彰二さんにお話しを伺いました。
(インタビュアー:菅野雄太、撮影者:高田梨菜)
経歴
2005年人材コンサルティング会社へ入社。2007年株式会社就活カレッジを設立し代表取締役に就任(2009年に株式会社ネオキャリアに事業譲渡)。2009年株式会社リブセンスに取締役として参画後、2010年株式会社TypeBee設立。同年、株式会社Bluemを設立(2013年にヤフー株式会社に事業譲渡)。2012年賃貸情報株式会社を設立し、取締役副社長に就任。
成果報酬型求人サイトで最年少マザーズ上場、東証一部上場を果たしたリブセンスで培ったインターネットメディアの制作と、インターネットマーケティングを強みとし、求人、不動産、飲食、EC、美容、エンターテイメントと、数々のインターネットメディアを立ち上げ、収益化に成功。
成功報酬型の賃貸情報サイト
-事業内容について教えていただけますか?
祝い金がもらえる賃貸情報サイト「キャッシュバック賃貸」というサービスを運営しています。
名前の通り、入居が決まった方に祝い金をキャッシュバックするというサービスで、不動産側のサービスに特徴があります。
街の不動産屋が店舗を構えて、引越しをしたい人が不動産店舗に直接入るのが主流でしたが、昨今だとインターネットで物件を見つける流れができています。
不動産会社がいろいろなポータルサイトへ店舗が持っている情報を掲載しています。
従来であれば、「2週間掲載でいくら」とか「ユーザーから問い合わせがきたらいくら」というモデルでしたが、弊社は無料で掲載できるサービスで、入居者が決まった時のみ費用をいただくという成功報酬型モデルで展開しています。
-成功報酬型モデルを他社は真似できないものなのでしょうか?
不動産業界では当社のみ行っています。
デザインを学べる大学に進学
-どういう環境で育ってきたのか教えていただけますか?
一般的なサラリーマン家庭だったと思います。ただ、私が中学の時、父親の勤めていた会社が倒産しました。その会社は大きな会社だったので、民事再生で職を失うことはなかったのですが、その時に客観的に見ていて、自分のコントロールできないところでそういう目に合うというのを間近で見たのがすごく自分の中で印象に残っています。
それ以来、「手に職をつけよう」という考えになったのをよく覚えています。
-実際どういうスキルを磨こうとしたんですか?
当時はどんな仕事があるかわからなかったので、身近なところでデザイナーになろうと思いました。
そこで、デザインを学べる大学に通うことにしました。
数多くのアルバイト経験
-デザインが学べる大学で、学生生活はどのように過ごされたのでしょうか?
学生生活は全く誇れないんですが、正直ほとんど通っていなかったです。
最初の1ヶ月くらいで、自分の思い描いていたデザイナーと実際の仕事は違うことに気付き、考え方としてもやっぱり合わないなと。
それ以来、いろいろなアルバイトをしました。
-例えばどんなことをしましたか?
思いつくものはほとんどしたと思います。
引越しのアルバイトからレンタルビデオ屋、インターネット喫茶、また面白いものでは海の家や雪山のリゾートバイトをして、ずっと働いてましたね。後半はインターンシップのような形で、企業で働きました。
-特に印象に残っているもの、学びがあったものはありますか?
海の家はいろんな意味で価値観が変わった体験をすることができました。
完全フルコミットのアルバイトで、近くのコンビニで200円で売っている缶ビールを500円で売っていました。
浜にいるお客さんに声を掛けて売るという売り子の仕事だったのですが、営業ノルマがすごく厳しくて。
ある程度実績を残すことができて、自分の中で「営業の適性がある」とか、「自分で切り盛りするのが楽しい」という営業体験をすることが、経験としてすごく良かったと思っています。
様々な会社の立ち上げに関与
-大学を卒業後にベンチャーに入られて、様々な事業の立ち上げに関わった、その経緯を教えていただけますか?
そもそも大学生の時に起業しようと思って就職活動をしていました。
「手に職をつける」ことの延長として起業がありました。
当時、人材業界がすごく盛り上がっていて、本当に若い社長が多かったです。
私が入った会社も社長が当時26歳で、「自分のロールモデルとしてお手本になる人だな」と思いました。
その会社に入社を決めてから社員として名刺を作ってもらい、営業活動をしました。
1年弱営業をやり、一定の結果を出すことができたので、新規事業立ち上げのチャンスをいただくことができました。
そこで事業責任者として擬似経営体験ができ、起業という道が開けたのかなと思っています。
-新規事業の立ち上げに関われたことが一番大きな学びだったのでしょうか?
そうですね。採用活動からお金の使い方も含めてすべて独立採算制でやらせてもらえたので、ほぼ起業と変わらない経験でした。
倉庫を借りてオフィスを作らせてもらったので、本当に起業のような感じでした。
-そのあと別の会社を立ち上げた経緯を教えていただけますか?
ある程度会社の事業として大きくなったタイミングで、自分に自信が持てたので独立したいということを会社へ話しました。
すると、「事業部ごと切り離すから子会社としてやってみないか」と言われ、最初のキャリアとして子会社の代表を経験しました。
ただ、リーマンショックがあり、人材業界全体がピンチな状況でした。
親会社と一致団結してやっていこうとなりましたが、私は独立したつもりでいたので、自分の新しい道を見つけたいことから、辞めて本当に独立しました。
-現在の賃貸情報株式会社に入るまでの経緯を教えていただけますか?
辞めてすぐに独立しようと思っていた時、友達のリブセンスの村上代表から声をかけてもらい、取締役としてリブセンスにジョインしました。
当時、私は人材会社で営業の経験しかしておらず、「同じ人材会社なのに、エンジニアとデザイナーを抱えてITっぽいことをやっているな」と感じました。
しかも自分より年下なのに利益もしっかり上げてすごいと感じ、いろいろ学んでみようと思いました。
リブセンスで1年ちょっと働いた後、海の家のアルバイトメンバーと一緒に映画の会社を立ち上げました。
当時流行っていたフラッシュマーケティングというモデルを映画に適用させ、映画に特化したフラッシュマーケティングサービスをスタートしました。
ある程度軌道に乗った段階でヤフージャパンに売却したので、私は辞めて今の会社を創業しました。
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