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オリンピックで世界を魅了した美女の正体
出典:veja.abril.com.br
今年開催されたリオ・オリンピック。日本代表を始めとするアスリートたちがたくさんの感動を届けてくれました。そんなオリンピック開会式で見事なキャットウォークを披露した美女を覚えているでしょうか?
スーパーモデルの中で最も高給取り、アメリカで最も有名なスーパーモデルとして活躍したのがジゼル・ブンチェン氏です。オリンピック開会式は彼女にとっての最後のランウェイでしたが、その歯に衣着せぬ言動やビジネス面で今改めて注目が集まっています。
ジゼル・ブンチェンが好感度No.1モデルになるまで
出典:giselebundchen.com
ジゼル・ブンチェン氏は、1980年ブラジル最南端のリオグランデ・ド・スル州にドイツ系ブラジル人の両親の下生まれました。
13歳から姉妹と共にモデル学校に通っていた彼女は、14歳の時遠足で訪れていたサンパウロのショッピングモールで大手モデル事務所にスカウトされます。
事務所が主催する世界規模のコンテストで2位になったことを皮切りに、16歳でニューヨークへ渡ります。17歳の時にアレキサンダー・マックイーンのランウェイへ、18歳でイギリス版ヴォーグ誌のカバーを飾っていきます。
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その後ディオール、ドルチェ&ガッバーナ、ヴァレンチノ、ヴィクトリアズ・シークレットと言った有名ブランドだけでなく、ブラジルの最大手携帯電話会社やアップル社の広告塔も務めます。彼女は“売り上げを4割増やす”好感度No.1モデルとして活躍します。
モデルとして成功を収める彼女のプライベートは華やかで、レオナルド・ディカプリオとの交際時にはPeople誌の“今年最も美しいカップル”にも選ばれていました。
現在は“アメフト界のベッカム”と呼ばれるトム・ブレイディ選手の妻として2人のかわいい子供を育てています。Forbes誌の“世界で最も影響力のある女性”や“世界で最も稼ぐカップル”にモデルとして唯一ノミネートされています。
自身の強みを活かし、新しいトレンドを生み出したジゼル・ブンチェン
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ブンチェン氏がここまで一モデルとして評価されたのは、新たなトレンドを切り開いたからだと言われています。
90年代中頃は、ファッション業界ではケイト・モスを代表とする“ヘロイン・シック”がトレンドになっていました。病的な顔色や骨格が浮き出た細い体、浮浪者のようなだらしないスタイルがもてはやされた1つのモードの時代は、ブンチェン氏によって終わりが告げられます。
ブラジル出身のブンチェン氏が持つゴージャスで日焼けした小麦色の肌は、これまでのイメージとは180度異なる女性が本来持っている健康的でセクシーなイメージを取り戻させることに成功したのです。
今後も“美”のアイコンとして
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オリンピックでの舞台を最後にモデル業を引退したブンチェン氏は、現在自身のオーガニックスキンケアブランドを立ち上げるなどビジネス面でも活躍を見せています。
2011年、エコスキンケアブランドSejaa Pure Skincare(セイジャ・ピュア・スキンケア)をスタートします。自身のブランド力をうまく活かした事業展開が、彼女が「最も高給取りなスーパーモデル」たる理由の1つです。
男性だけでなく女性にとっても憧れのアイコンがプロデュースする製品を使用することやそのライフスタイルを知ることは、“美”を求めるマーケットで新たな1つのトレンドとなりつつあります。ジゼル・ブンチェン氏、今後も要チェックな存在です。