今回のインタビューでは、株式会社ビザスクの代表取締役である端羽英子さんに「起業の経緯」「成長するためのポイント」「キャリアでの強み」について伺いました。

(インタビュアー:菅野雄太、撮影者:高田梨菜)

経歴
東京大学経済学部卒業後、ゴールドマン・サックス証券投資銀行部門にて企業ファイナンス、日本ロレアルにてヘレナルビンスタインの経営管理を経験し、マサチューセッツ工科大学にてMBAを取得。
ユニゾン・キャピタルにて企業投資に5年間携わった後、「知識・経験の流通を変える」をビジョンに、組織・世代・地域を超えて知見がつながる「ビザスク」を立ち上げる。
米国公認会計士試験合格。グロービス・マネジメント・スクール講師。
子育てとの両立のために、起業の道へ


起業の直前は、ユニゾン・キャピタルで企業に投資をしていました。
もともと人生で1回は起業してみたいという想いはあって、その前にビジネススクールを受ける時も「起業したい」というエッセイを書いた記憶があります。何か新しい物にチャレンジしたり、1回は自分で何かを生み出していきたかったんです。
ただ、私はシングルマザーなので、そのリスクもあってなかなか踏み切れずにいました。ユニゾン・キャピタルで5年働いている中で「そろそろ次の道を考えようかな」と思っていた頃に、子供がちょうど小学4年生で中学受験の準備を始めなければならない時期になりました。その仕事は結構忙しかったので、子供のためにも一旦働き方をリセットしたいと思っていたタイミングと、ビジネスモデルを思いついたタイミングが重なって今があります。
もともと学生結婚をしてからゴールドマンに入りましたが、子供ができて辞めました。それからアメリカの公認会計士の資格を取ってロレアルに移ったんですが、それも旦那が留学することになったから辞めたんです。そして、アメリカでは自分もビジネススクールに行ってMBAを取り、そのタイミングで離婚していたので、「真面目に働かないと」と思いました。そうして5年間ユニゾンキャピタルで働いていた時に、子供の受験があって働き方を考えなければいけなくなって。
こうして子育てとキャリアをどうすれば両立できるのかを考えながらキャリアチェンジを図っていった中で、起業のタイミングが来たという感じです。

制限があるからこその強みに気づけた


子供がいると制限があるんです。その中でも、自分で意識してキャリアの強みを作っていかなくてはいけなくなった時に、「求められるポイントを沢山つくりたい」と思いました。それから、沢山ニーズがあるようなサービスをつくりたいとも思っていました。そのように、制限があるからキャリアの強みを作らなくちゃいけないと思ったというのが一つあります。
あとは留学した時に、当時私はゴールドマンで1年と、ロレアルで1年半しか働いていなかったんですが、ビジネススクールでは自分の強みをエッセイとして書かなくてはいけませんでした。私がキャリアで築き上げてきたものはないんじゃないかと思っていた時に、「あなたはそうやって働きながら子供を育てて、”young・Japanese・Working・Mother”という4つのキーワードがあるじゃない」と言われ、「人から見たら個性ってそういうものなんだな」「個性は掛け算で生まれてくるものなんだな」と気づきました。
それは人から指摘されて初めて気づくもので、そういったものに気づけるようなサービスを作りたいと思ったので、ビザスクのサービスでは、個人が自分のキャリアの強みに気づけるようなプラットフォームを目指しています。ビザスクはこの原体験から来ていて、どうすれば知見をマネタイズできるかを考えて始めました。

やるからにはビジネスにインパクトがあるものを


もともと自分がビジネスをやっていたので、やるからにはビジネスにインパクトがあるものを作りたいと思っていました。マネタイズの過程を考えた上で、個人の「仕事をイキイキやっていきたい」といったニーズに応えるのは会社だと気づいたんです。会社の人が使えるようなサービスを自分が業界調査をやっていた経験を基に考えていくと、どんどんビジネスモデルができていました。
最初に思いついたものよりも今の方が先を見据えていますし、1年後の今もまた同じように感じると思います。

「考えるより行動」が成長につながる


とにかく色んな人に話を持って行ってぶつかっていました。
根底には「個人の知見を活かしたい」というのがあったんですが、マネタイズの仕方が分からずに物販を絡めようとしたりもしていました。それを実際にECをやっている人にぶつけに行ったら、1時間のダメ出しをされて。そのダメ出しがすごく有益だったので、やはり人にぶつけていくというのは良いんじゃないかと思いました。
共同創業者との出会いも、「自分はずっと金融をしていたからWebサービスの作り方はわからないし、外注するにも誰に頼めばいいかわからないので、目利きになってください」とアドバイスをもらいに行ったところ、「そんなフワフワした状態では無理だから自分たちが作ってあげる」というところから始まりました。
「考えるより行動しろ」ということでどんどん人に聞きに行ったというのは、やってよかったし、今でもやっていることです。会社の中だけで解決しようとしても今はフルタイムが9人しかいないので、自社サービスを使って人にアドバイスをもらいますし、知り合いにもお願いしに行きます。
そうやってダメ出しされている中では、すごくヘコむこともあるんですよね。ある時、私がヘコんで家に帰ると、当時小4だった子供が「ダメ出しされるっていうことは、もっと良くなるってことだから」と言ってくれて。ダメ出しされて成長していけば、それでいいんじゃないかなと思います。

人前で話すのは苦手だった


人前で話すのはすごく苦手でした。
前の会社では、会社の価値をエクセルで計算して色んな情報を分析するのが好きで、プレゼンからはなるべく逃げ回っていたので、最初は非常に苦労しました。
”慣れ”の問題と、”どうしても伝えたいものがあるから伝えている”というような感じで、色んな人に聞いてもらったりして工夫しました。

2013年の7月の経産省からの案件採択が大きなターニングポイント


2013年の7月に経産省がやっていた「成長産業から成熟産業にどうやったら知見が流れるか」というプロジェクトに応募し、そこで案件採択をいただいたのがターニングポイントだったと思います。お金が入ったというのもそうですし、国のプロジェクトに認めてもらったということは大きかったです。
我々のサービスには啓蒙が必要な部分もあって、これまで自分の知見を発信したことがない人の中には、外に向かって意見を言うことに抵抗がある人もいるのですが、そうしないとイノベーションは生まれないということを認めてもらった最初のきっかけになりました。
初めての資金調達をしようと思ったのがその少し前の段階で、VC(ベンチャーキャピタル)は4回ほどセッションしてくれたのですが、「面白いと思うけど、君のリーダーシップが足りない。君がこの領域で誰よりも早くできるか自信がない。」と言われた時に、すごく反省しました。そのようなことを言われたのは初めてで、それがかなり悔しくて、発奮していました。それでもやはり「人に話を聞きに行ってよかった」と思いました。
本当に悔しい思いをして色んな情報を探しているとその公募の案件を見つけて、2日後に迫った締め切りのために急いで企画書を書き上げました。

中途半端なものを見せるのは恥ずかしかった


まだサービスが出来上がっていなくて、どんどん改善しないといけないという状態のものを人に見せるのは恥ずかしいと思っていた時期があったんですけど、知ってもらって、使ってもらって、フィードバックをもらうことに意味があると気付きました。完璧を目指さないといけないけれども、とにかく早く人に使ってもらって、早くフィードバックが欲しいという、意識の変革が起きたのが昨年でした。
2014年の4月に最初の資金調達をした時に、「どんどん外に出て行け」とVCから言われるようになったのも大きいです。それまでほとんどプレスリリースもしていなかったですし、そういうアドバイスはもらえてよかったと思います。2014年の頭ぐらいからメディアに取り上げていただけるようになりましたが、その資金調達がメディアに打ち出していくようになった1つのきっかけでした。
 
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