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起業の決断

起業の決断

ミライセルフ・表孝憲CEO:京大アメフト部で学んだ起業の原点「その人に合うものが見つかれば力は発揮される」【後半】

今回のインタビューは、株式会社ミライセルフのCEOである表孝憲さんに、「学生時代」「起業のきっかけ」「経営者として大切にしてること」についてお話を伺いました。

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【経歴】

2001年京都大学法学部入学。在学中はアメリカンフットボールのみの4年間と部のコーチをしながら必死で単位を揃える1年間という京大生らしい5年間を過ごす。
スポーツのような勝負の世界にへの憧れと短期的にビジネスの基礎を吸収したいという思いから外資系金融のマーケット部門に就職活動をしモルガン・スタンレー証券株式会社債券部に新卒入社。債券の営業として金利商品からクレジット商品、顧客も都銀、生命保険、年金基金と幅広くカバー。入社後半年目から面接官として週末は面接に従事。
2011年頃から視野を広げるため、在職しながらマイクロファイナンスを見にバングラデシュを2週間旅行しBRACでの研修に参加。2013年6月に退職し、UC Berkeley Haas Business Schoolへ留学。在学中にシリコンバレーの教育系2社とモバイルセキュリティ1社の計3社でインターン。1社はすでに倒産、1社はすでに買収されている。アジアと東京のコンサルティング会社計2社でインターンを経験。また多くの会社へ訪問し企業文化に関するインタビューを行う。
在学中にモルスタの面接で面接官と就活生という立場で出会った井上と株式会社ミライセルフを設立。カルチャーフィットを数値化および解析し、人工知能でその精度を高めるテクノロジー転職ベンチャーをスタート。2015年7月に資金調達し現在に至る。

多様な価値観の中で育った学生時代

高校まで公立の学校に通っていて、普通の家庭で育ったのだと思います。実家は神楽坂にあったのですが、今も凄く思うのは、周囲にはレストラン経営の息子とか居酒屋の息子さんがたくさんいて、色々な価値観が周りにありました。

そういった環境は凄く刺激的で、「こんな考えをする人がいるんだ」と感じることが多かったので、凄く良かったと思います。

あと、高校まで公立で、大学も国立大学だったので、「色々な人に支えられて、自分は生きているんだな」というのは、なんとなく染みついています。ですので、自分の考え方というのは、子供のころに醸成されていったと思っています。

考え方に影響を与えた、部活動の監督とコーチ

影響を受けた人は2人います。

私はずっとアメリカンフットボールをやっていて、大学時代の監督とコーチに凄く影響を受けました。当時は非常に迷惑をおかけしましたが、厳しいことをして自分自身を磨いたり、困難を乗り越えて成長することで、勝利を自分で勝ち取るということは身に染みついています。

「こういった努力をしないと、人生には意味がない」というくらいにそのことを教えてもらったので、その2人には、影響を与えるという次元ではなく、ほぼ自分の価値観を形成したと言ってもいいくらい強烈なインパクトを与えられました。

アメフトで学んだ組織論

チームの中で、前日まで全然ダメだった人がいきなり変わり、チームの中心になることがよくありました。

そういう変化を見て「どの人にも、ものすごい力が眠ってるんだ」と感じることができたので、それが今のサービスの根本にある「スキルというよりも、その人に本当に合うものが見つかれば力が出る」という考えに繋がっていると思います。

やはり、僕は目の前で何度もそういうシーンを見てきたので、納得感があります。

就職活動の軸~外資金融か起業か

ある程度結果がわかるところが良いと思っていましたし、プロスポーツ選手みたいな仕事をしたいという想いがありました。

つまり、1年目でも活躍すれば評価されるし、自分が努力しなければ絶対結果は出ないけれども、逆に努力しても結果が出なかったり、そういった生き方に凄く憧れていました。

そうやって絞り込んでいくと、外資系金融か起業という答えに行きつきまして。

正直、起業のアイデアもなかったし、もっと正直に言うとビビってしまって企業に勤めるという道を選んだのが本当のところだと思ってます。

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