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ビル・ゲイツ氏とは?
Microsoft共同創始者で、世界で最もお金持ちだと言われているビル・ゲイツ氏。彼は慈善活動に熱心な実業家であり、プログラマー、作家、教育者など、実に多彩な顔を持っています。
出典:www.biography.com
ビル・ゲイツ氏は、1955年に米国シアトルの裕福な家庭に生まれ、シアトルの名門私立レイクサイド中学・高等学校に入学、コンピューターに出会いました。
ハーバード大学の学生だった19歳の時に、友人であるポール・アレンと共にMicrosoftを設立。以来、IBM社のパソコン向けOSの開発に着手し、まもなくOS市場の大部分のシェアを占めるまでになり、Microsoftは世界一のソフトウェアメーカーに成長します。
2008年に会長職を辞し、現在は彼の名前を冠した「ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団」の運営に精力的に活動しています。
ビル・ゲイツの破天荒なエピソード5選
数々の偉業を成し遂げてきたゲイツには、彼にまつわるクレイジーなエピソードが満載です。
ここからは、その中から5つのエピソードをご紹介します。
ビル・ゲイツの破天荒なエピソード①やると決めたら周囲を気にせず、徹底的に!
出典:northridgechurch.net
高校生の時には、プログラミング用のソースコードを求めて、マイクロソフトの共同代表で旧知の仲のポール・アレンと、ダンプスター(公共大型ゴミ箱)に入り込み、ゴミあさりを決行したそうです。
地元にて会社に所属してプログラミング技術を勉強していた2人でしたが、学生だったこともあり入手できる情報が限られていました。
このハンディを克服するべく、二人は夜が更けると連日ダンプスターに潜入し、さまざまな秘密を解き明かす鍵となる情報やソースコードを手に入れていたのだそうです。
ビル・ゲイツの破天荒なエピソード②学生時代からハッキング?!
出典:news.bbc.co.uk
高校時代、アレンとゲイツの2人はコンピューターを無料で使用するため、学校のコンピューターのリース会社のアカウントファイルをハッキングの上こっそりアクセスしていました。
というのも、学校のコンピューターを長時間使用したため、料金が膨らんでいたためです。
管理者権限のパスを手に入れて、社外秘の会計ファイルを開き解読しようという計画でしたが、それが周囲にバレて追放されてしまいました。
ビル・ゲイツの破天荒なエピソード③ムチャをやっても平気な若きゲイツ
出典:xsportvaganzaa.blogspot.jp
高校3年の時、アレンとゲイツはプログラミングのアルバイトをしており、アパートの1室をシェアしていました。
ある日ゲイツは、足を怪我し石膏をつけた状態で帰宅しました。その理由は、水上スキーで骨折してしまったということでした。
「シアトルに戻って1ヶ月以上は安静に」という医師の忠告も聞かず、足を骨折して間もない3週間後には石膏を外して再び水上スキーに出かけました。あざが残った状態でしたが、それでも難なくやってのけました。
ビル・ゲイツの破天荒なエピソード④飛行機に乗る時間だって金なり!
出典:7-themes.com
時間を無駄にすることが大嫌いなビル・ゲイツは、昔から自身の計算高い頭脳で場をコントロールしようとする傾向があったようです。
20代半ばの頃、サンフランシスコ国際空港にて、出発時間に間に合わずにゲート到着時に飛行機が動き始めてしまうことがありました。
そこで、飛行機を戻して搭乗しようと考えたビル・ゲイツは、搭乗口の横にあった操作パネルをわき目もふらず押し始めました。
一緒にいたポール・アレンは逮捕される危険を感じて不安で仕方ありませんでしたが、結果的には空港スタッフが電話で飛行機を差し戻し、一件落着となりました。
ビル・ゲイツいわく、「危機一髪の時に人の能力は最大化する。時間を無駄にするのは好きじゃない。出発の1時間前に空港に行くたちじゃない」とのことで、オフィスから空港まで猛スピードで車で乗り入れ、ギリギリのタイミングで飛行機に乗るのが習慣だったそうです。
ビル・ゲイツの破天荒なエピソード⑤寝食忘れて没頭
出典:psychologia.co
ゲイツは夜遅くまで仕事をしているのが苦にならなかったようです。徹夜で仕事に没頭し、オフィスで仮眠をとるビル・ゲイツが目撃され、時として周囲を心配させました。
寝る間を惜しんだ開発により、1975年、わずか3か月でベーシック言語の移植、という歴史に残る偉業を成し遂げるに至ります。
当時ハーバードの学生だったビル・ゲイツと友人のポール・アレンは、電子機器の専門誌に、初のパソコンと呼ばれる「アルテア」が掲載されているのを見て、このパソコンでベーシック言語を動かすことにビジネスチャンスを見出しました。
広告に載っていたアルテアの仕様だけを頼りに開発を進め、3か月の寝食忘れた仕事の結果移植に成功しました。彼らのプログラミングの質の高さと商魂の大きさは、この時いかんなく発揮されました。
ビル・ゲイツ氏まとめ
現在は熱心な慈善活動家としても知られているゲイツの今の性格は、昔からそうであったわけではなく、マイクロソフト時代の39年間の間に大きく変化したようです。
子ども時代は頭脳明晰で反抗的なコンピューターの天才児として知られていました。そこからは、「優秀だけど機嫌が悪いCEO」と評判に。そうして米国司法省に目をつけられる非情な事業家というイメージが定着しました。
ただ、いずれの時代においても筋の通った破天荒さは健在のようです。