何でも作れる? 3Dプリンター
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少し前までは、主にメーカーの試作製品を作るのに使われていた3Dプリンターですが、廉価製品が登場し、次第に普及してきています。
今までは建設会社が建物の模型を3Dプリンターで作り、ユーザーへのプレゼンテーションに使用したり、自動車業界で試作品を作るためなどに使われていましたが、今では一般家庭でも購入出来る簡単に使用出来るものが多数出回っています。
3Dプリンターが家庭で使えるようになり、趣味でスマホケースを作成したり、金属製のアクセサリーなども比較的手軽に作れるようになりました。その一方で、高機能がゆえに問題が生じるケースも生じます。
2014年には大学職員が3Dプリンターで拳銃を製造し、逮捕された事件も起きました。しかし総合的に考えると、高性能で比較的安価な3Dプリンターは、世の中に大きなチャンスとメリットを寄与したと言えます。
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その中でも3Dプリンターを通じて、途上国の発展に寄与しようとチャレンジしている兄弟が、カンボジアにいます。この兄弟が設立したARC Hub社をご紹介いたします。
内戦を逃れてアメリカに到着した両親
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ARC Hub社の創業者 Ki Chong氏とKi How 氏は、カンボジア人の両親のもとアメリカで誕生します。両親はカンボジアの内戦が激化した1970年代にアメリカに逃れ、ロスアンジェルスに安住します。
その両親の元に生まれたKi兄弟は、アメリカ社会で育ちます。しかしカンボジアに戻りたいと考えた両親は1990年代に一時帰国しますが、その頃のカンボジアでは高水準の教育を子供へ受けさせることが出来ず、アメリカへ戻ります。
しかし祖国へ戻ることを諦めきれない両親は、2010年にまず父親が、そして翌年母親がカンボジアへと帰国します。
ロスアンジェルスで生活をしていたKi How 氏は、自分の生活がせわしなく、毎日同じことの繰り返しのように感じ、カンボジアへ行ってボランティアでもやろうと両親のもとへ向かいます。
一方Ki Chong氏は、ロスアンジェルスで航空宇宙産業関連の会社で働いていました。Ki Chong氏の業務は航空部品の売買で、仕事を通じて3Dプリンターと触れる機会に恵まれます。
Ki Chong氏は3Dプリンターのポテンシャルに魅入られて、その技術を積極的に学ぶことになります。一通り技術を習得したKi Chong氏は、カンボジアへ行くことを決意します。カンボジアで3Dプリンターを駆使すれば、大きなビジネスチャンスがあると考えたからです。
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カンボジアに帰国したKi Chong氏は、Ki How 氏と共に、2013年にARC Hub社をプノンペンに起業します。自分達が生活しているアパートの一室で始めた業務は、3Dプリンターの輸入販売、3Dプリンターで製造した製品販売、3Dプリンターのノウハウを提供するなどで、次第にビジネスを拡大して行きます。
2014年には現在のオフィスに移り、中国の3Dプリンターメーカー“tiertime”社の販売代理店にも起用されます。
カンボジアの人々に貢献する義肢製造
順調に業務を拡大させるKi Chong氏は、カンボジアに貢献したいという気持ちが強くなります。Ki Chong氏はカンボジアへ来てから、国民に身体の一部を欠損した方が多い点に気が付きます。
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カンボジアは長い内戦期間があり、その影響で手足の一部を欠損した方がいます。しかし社会インフラが整っていないことから、義肢の普及も十分ではありませんでした。その現状を見たKi Chong氏は、3Dプリンターを活用することを思いつきます。ARC Hub社は、NPO団体などと協力して義肢の普及に協力しています。
また高度な技術を学ぶ機会に恵まれない若者に、Ki Chong氏が持っている3Dプリンター技術を惜しみなく伝授することにも、積極的に取り組んでいます。
現在の業務はまだ序説だと語るKi Chong氏は、今後もカンボジアの発展のために業務を拡大させる予定とのことです。今後、ARC Hub社が、どのようにカンボジアの発展に寄与するか注目です。