今回のインタビューは、NOTA Inc.のCEOである洛西一周さんに「ドイツのシュタイナー教育が起業に与えた影響」「12歳でプログラミングを始めた背景」「シリコンバレーに行くという決断」についてお話を伺いました。

(インタビュアー:嶋内秀行、撮影者:高田梨菜)

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NOTA・洛西一周代表:月間1000万UUを誇るスクリーンショット共有ツール「Gyazo」誕生の経緯と今後の展開【前編】
【経歴】
1982年生。「人間味ある」プログラムづくりを掲げて、高校時代に紙copiなどのソフトウェアを開発する。
2007年より渡米してNota Inc.を設立、世界向けのアプリやウェブの開発を手がける。
現在は、Gyazo.comがスクリーンショット共有で月間1000万UU、世界のトップシェアを持つ。
2003年度 IPA未踏ソフトウェア創造事業スーパークリエータ認定。慶應義塾政策・メディア研究科修士課程修了。

ドイツのシュタイナー教育が起業に与えた影響

-ドイツのシュタイナー教育を1年間受けられて、それが起業にどのような影響を与えていますでしょうか?
 
シュタイナー学校というのは少し変わった学校として知られていて、よく日本では「自由な学校」という紹介をされるんですが、実はそんなに自由ではありません(笑)
自由かどうかが重要ではなく、何でも芸術や宗教といったものを基盤に据えながら教えていくという考え方です。
例えば、算数・数学の授業でも、きれいな正円や三角錐をまず自分で描くというところからスタートします。どういうふうに影が落ちるかを考えなければならなくて、数学の授業なのか、芸術の授業なのかよくわからないという感じでした(笑)
あと、地理の授業でも、例えばアフリカについて勉強するときには「まずアフリカの景色を一旦描いて来い」となります。どういうものを輸出・輸入するかや、産業、歴史がテーマなんですが、まず1回、自分で絵を描かないといけない(笑)
僕はプログラミングやユーザーインターフェースにも興味があって、大学院でもユーザーインターフェースの研究に進みました。
やはり、アートやデザインとかが好きになったのは1つのきっかけは、シュタイナーだったかなと思っています。
 
最近も「エモーショナルデザイン」や、「ただ頭がいいだけでなくて、感性がよくないといけない」といったトレンドが出てきていたりします。
もう1つ、シュタイナーでは「自律」を重視していて、そのあたりも多少影響を与えた部分はあると思っています。
これも割とドイツでは古くからある考え方で、シュタイナー独自ではないんですけれども、影響を受けた学校でした。

12歳でプログラミングを始めた背景

 ―12歳からプログラミングを始められた背景と、プログラミングを始める時期についてのご意見を教えていただけますか?
 
あまり早過ぎるとよくないということはないと思っていて、興味を持ったのであれば小学生ぐらいからでもプログラミングを始めたらいいんじゃないかな思っています。
個人的にはプログラミングは趣味だったんですけれども、身体を動かすことも好きだったので、両方やっている感じでした。
だから、例えば夏休みには2週間ぐらいはずっと遊ぶけれども、2週間ぐらいはプログラミングをするという感じの生活だったので、個人的には楽しくやっていました
 
―どのような背景で、12歳でプログラミングに接したのでしょうか?
 
最初のきっかけは、家にシャープの「書院」というワープロがあったんですけれども、そこに外字機能という字を自分でつくることができる機能がついていて。そういうのが楽しくて、やっていたという感じでした。
僕が実はプログラミングを始めたのは96年で、WINDOWS95が出た次の年でした。なので、かなり盛り上がりを見せていて、これからはパソコンの時代というような感じでした。
そういった流れでノートパソコンを1台買ってもらって始めたんですけれども、全然面白くなくて、最初に入っているソフトを使ったら、もう大体やることがなくなってしまって(笑)
あとはプログラミングするしかないというような感じだったんです。
 
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