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起業の決断

起業の決断

海外から見た日本、「最初からシリコンバレーを意識して戦っていた」:ChatWork・山本CEO

経歴

山本 敏行(やまもと としゆき) 1979年3月21日、大阪府寝屋川市生まれ。 2000年、中央大学商学部在学中に、EC studioをロサンゼルスで起業。 2004年にEC studioを法人化し、2011年3月1日、クラウドベースのチャットツール「ChatWork」の販売を開始。 2012年、ChatWorkに社名を変更。米国法人をシリコンバレーに設立し、拠点を海外に移す。

事業内容

クラウドベースのチャットツール「ChatWork」の販売を行う。 チャット、タスク管理機能、ファイル共有、ビデオ会議ができるサービスであり、LINEのビジネス版ともいえる。 ユーザーは無料で利用できる「フリープラン」、個人事業主やフリーランス向けの「パーソナルプラン」、組織や団体向けの「ビジネスプラン」の3つのプランから選択することができる。

世界180カ国、6万社が使っているチャットツール

-事業内容について教えていただけますか?

チャットワーク株式会社という社名で、サービスもチャットワークというものを提供しています。名前の通り、チャットで仕事をしましょうというものですが、簡単に言うとLINEのビジネス版です。

携帯メールからLINEに移っていってみなさんLINEでやり取りされている方が多いと思いますが、仕事においても我々がそれを起こしていきたいというのがコンセプトです。LINEのビジネス版と言っていますが、実はLINEよりも早くチャットワークがリリースしています。

具体的にはチャット、タスク管理機能、ファイル共有、ビデオ会議ができるようなサービスになっています。無料からご利用いただけます。2015年1月現在で6万社世界180カ国で使って頂いています。

 高校時代から物の売り買いをして稼いでいた

-幼少期から大学卒業までどういった環境で育ってこられたのか教えていただけますか?

私が2歳の時に父親が会社を立ち上げました。社長が当たり前で、僕も将来社長になるんだろうなと考えていて、勤めるという意識がありませんでした。常になにか稼げることはないかを小学生くらいから考えていました。

高校時代にインターネットに出会って衝撃を受け、ホームページがない時代に、ニフティサーブというヤフオクのようなものでネット上で物の売り買いを行っていました。

高校3年生の時に月20万円くらい稼ぎ始めて、大学時代はドットコムバブルで中小企業が一斉にホームページを作り始めたため、高校時代から物の売り買いをやっていたので、教えることがたくさんあるなと思い、支援のために大学3年生の時にホームページの売上げアップ支援という形で創業しました。

 当たり前だと思っていたことが、世の中では当たり前ではなかった

-2004年に設立、2011年にチャットワークというサービスが生まれた、その開発経緯について教えていただけますか?

最初はホームページの打ち上げアップ支援をしていたのですが、ロサンゼルスから日本に向けてコンサルをしていました。全てメールコンサルティングでした。

当時はホームページのことわかっている会社が少なかったのですが、だんだん増えてくるのが見えていたので、「いずれこのビジネスはダメになっていくだろう」と思っていました。次に新しいことをしなければならないと思い、その時我々が持っていることはなんだろうと考えました。

当時は30人くらいの社員で5万社くらいのお客さんのサービスを提供していたため、社内を徹底的に効率化していました。Google Appsが出る前からGoogle Apps的に使ったりとか、社内ではWord、Excel、PowerPointを禁止してマインドマップで仕事をしたり、社内、取引先とはメールは禁止でスカイプとチャットでやりとりするなどしていました。

それを経営者の方にデモンストレーションすると、マジシャンのマジックを見ているような感じですごい衝撃を受けられていました。当たり前だと思っていたことが、当たり前ではないかもしれないなと。そこで売上アップ支援から業務効率支援に入っていきました。

ノウハウが蓄積していたので、いいツールを目利きして代理店として販売していました。「選んで他社のものを売っていては自分たちの思う働き方を提供できないな」と思い、自分たちの今までの働き方が全て詰まったプロダクトを作ろうと。それがチャットワークだったんです。

 最初からシリコンバレーを意識して戦い始めていた

-チャットワークをリリースされてから、ご自身の拠点をシリコンバレーに移されましたが、その時の決断について教えていただけますか?

チャットワークをリリースする前から最初からシリコンバレーを意識していました。IT企業の社長として日本のソフトウェア業界が世界で席巻しているということが全然ないので、何かしたいなと思っていたんですが、日本の会社もまだまだない状態でしたので、視察しかできていませんでした。

2010、2011年になって日本の会社の回し方とかビジネスが安定してきたので、チャットワークという新しいプロダクトをつくって世界を攻めていくという時になって、最初からシリコンバレーを意識して戦い始めたという感じです。

世界で使われるようなサービスを作りたいと思っていました。自分が行かないと海外のことはわからないと思い移住しました。

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