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奴隷家庭から起業家へ 黒人女性起業家 Madam C.J. Walker

根深い人種差別が残る米国

2009年、バラク・オバマがアフリカ系で初の大統領となり、アメリカでも人種差別が薄れてきた象徴と言われました。そして今、8年間のオバマ政権が終わりを迎えて、今まで押さえられてきた白人保守層の不満が一気に噴き出します。この声を代弁したのがドナルド・トランプ氏でした。

当初、大統領予備選で共和党の泡沫候補であったトランプ氏は、人種差別的な発言を連発します。過激な発言が比較的白人層の多い共和党員の支持を得ます。今日では共和党の大統領候補レースの先頭を走ります。

オバマ大統領登場で一見、人種差別が薄らいだように見えたアメリカですが、トランプ氏の登場でわかるように、やはり根強い人種差別はなかなか無くなりません。

そのような環境で、1900年代初頭に大成功を収めたアフリカ系女性起業家がいたことをご存知でしょうか?

ヘアケア製品を製造して富を築いたMadam C.J. Walker氏です。
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出典:www.emaze.com

両親も兄も奴隷だった厳しい環境の幼少期

Madam C.J. Walkerこと、Sarah Breedlove氏は1867年にアメリカ南部ルイジアナ州に生まれました。この年は、1862年にリンカーン大統領が奴隷解放令を発令した、わずか5年後です。両親も奴隷解放令前に生まれた兄達も、1862年以前は奴隷の身分でした。

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出典:globalvoices.org

Sarahは、Breedlove一家に生まれた初めての奴隷という身分を経験しない子供でした。そのSarahに大きな不幸が降りかかります。両親が相次ぎ亡くなり、7歳の時に孤児となってしまいます。ミッシシッピ州にいた姉夫婦に引き取られたSarahは、綿農場で働かされ虐待を受けていたと言われています。

この逆境から逃れる意味もあり、Sarahは14歳の時にある男性と結婚し、長女を授かります。しかし幸せは長続きせず、結婚相手の男性は間もなく亡くなります。夫の死後、Sarahはセントルイスに移り、洗濯屋に職を得ます。日給US$1.50という僅かな給料をやりくりし、娘を学校へ通わせ、自分も夜間学校へ通学します。この経験が、Sarahの後の人生で大きな影響を与えます。

抜け毛に苦しんだ経験から起業を思いつく

SarahはCharles J. Walkerという男性と再婚します。しかし、またSarahに苦難が訪れます。使用していた美容品の影響で、髪の毛の大部分が抜け落ちてしまいます。
Sarahは様々なヘアケア製品を使って、髪を取り戻そうとします。

その中でもアニー・タンボ・マローン社製のヘアケア製品が効果的で、Sarahの髪は元に戻ります。これを契機にSarahはアニー・タンボ・マローン社のセールスレディーとなります。コロラドに移り住んだSarah夫妻は、ヘアケア製品を猛烈に売ります。

それと並行し、自分でオリジナルのヘアケア製品の製造を始めます。夫の助言もありSarahは独立し、自身をMadam C.J. Walkerと名乗ります。

Madam C.J. Walkerのヘアケア製品は、女性用育毛剤を中心に人気を博します。1908年にはピッツバーグに製造工場とビューティースクールを開講するまでになります。

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出典:chickswagg.blogspot.jp

女性支援、黒人地位向上活動、慈善家

1910年にはインディアナポリスに大規模な工場を建設し、活動の場は全米に広がります。同社の販売を支えたのは、ビューティースクールを卒業した女性販売員達でした。

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出典:chickswagg.blogspot.jp

ミリオネアとなったMadam C.J. Walkerは、次第に女性やアフリカ系アメリカ人の地位向上活動に力を入れます。自身がアフリカ系女性として経験した貧しく、厳しい環境を少しでも改善しようとしました。

様々な団体や学校に多額の寄付をしたMadam C.J. Walkerですが、その中でも黒人の地位向上を目指したインディアナポリスYMCA建設には、最も多くの寄付を行いました。

お金に限らず、暴動に反対するデモの実行委員会に加わったり、アフリカ系アメリカ人へのリンチを連邦犯罪に認定するように、時の大統領に直接要求したりしました。

Madam C.J. Walkerは1919年に亡くなりますが、自分の財産の2/3を慈善団体へ寄付しました。

最後に

今日でもMadam C.J. Walkerの意志を継いで活動する著名人がいます。
アフリカ系の大統領が誕生した今日でも、人種差別は根強く残っています。公民権法が制定された1964年を遡ること50年以上前に、Madam C.J. Walkerのような女性がいたことは驚きです。

Madam C.J. Walkerは成功した理由は?と聞かれて、“徹夜も厭わず、勤勉に働いた。座って機会を待つのではなく、自分で立ち上がって機会を生み出すことが重要”というコメントを残しています。

どんなに困難な状況でも、一生懸命能動的に動く大切さをMadam C.J. Walkerから学ぶ必要があると思います。