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起業の決断

起業の決断

ウィルフ・黒石健太郎代表が語る、学生起業のリスクを最小化する方法「M&A就職という新しい市場の創造へ」【後編】

今回のインタビューは、株式会社ウィルフ代表取締役社長の黒石健太郎さんに、「起業の経緯」「学生起業支援の難しさ」「今後の展望」などを伺いました。

 

ウィルフ・黒石健太郎代表:起業スキルが学べるビジネススクールを展開「学生起業の増加が、日本の起業率を向上させる」【前編】はこちら

【経歴】

株式会社ウィルフ 代表取締役社長・民主党岡山県参議院選挙区第2総支部長

東京大学法学部卒。株式会社リクルート入社後、採用・育成・社内活性コンサルティング等の営業、新規事業の戦略企画、立ち上げに従事。2013年6月株式会社ウィルフ(WILLFU)を設立、代表取締役社長に就任。サイバーエージェント様のアントレプレナーイノベーションキャンプ優勝。著書に、「渋谷で教える起業先生」(毎日新聞出版)がある。

起業の経緯

私が「一番やりたい」と学生時代から一貫して言い続けていることは、
全ての人が未来に希望を持てる社会を作る
ということをキーワードにしていまして、それを実現するためのプロセスの中で、たまたまウィルフを起業したというのが正直なところではあります。

 

しかし何故それに対しての思いが強いかと言うと、大きく学生時代まで3つの理由があります。

1つの理由は親族一同商売をしているのですが、バブルが崩壊し、親戚の企業が倒産したことがきっかけです。

小学生の頃の話ですが、叔父の会社が倒産すると近所から「金を返さない奴だ!」などと言われ、中々地元に過ごせなくなるということがありました。

勿論経営者として従業員の方の雇用を守ったり、借りたお金を返さなければならないという当然責任があるのですが、一度失敗すると地元にさえ戻れなくなることに対し、社会に辛い絶望感を感じました。

思いを持って新しいことが挑戦することが未来であるにも関わらず、一度失敗すると地元にさえ住めなくなってしまうということを知りました。
それが一つ目の理由です。

 

二つ目の理由は、私の中学校・高校の卒業生で衆議院委員に初当選した方がたまたま公園にいるところを見たのがきっかけで、当時政治家に憧れを抱き、とてもかっこいいと思っていたことです。

その方は政治家になる前に東京大学を卒業した後外務省に勤めていて、その時から私も「東大に行きたい」と言い始めました。

ただ高校2年生の当時、「東大に行くんだ!」と言い始めると何を言われるかというと、友達からも親族からも学校の教師からも「現実を見なさい」「無理だからやめなさい」というこということを言われ続けました。

確かに自分の当時の成績を見たら気持ちはわかりましたが、若者が思いを持って高い目標に向けて走ろうとしているという時に、友達も両親も反対するというのは納得がいったものの、学校の教師くらい応援してくれていてもいいのではないかと思っていました。
私はものすごいストレスを感じました。

あらゆる人から否定され続けるということはとても大変でした。
若者が思いを持っているのならば応援してくれるような社会であって欲しいということを痛感しました。
これが二つ目の理由です。

 

そして三つ目の理由は大学に入り、色々な現場を経験する中である障害者の方の話を聞いたことがきっかけでした。

その方は手が何らかの病気で形がなくなってただれてしまわれた方だったのですが、手の形が周りとは違うという事実によって、小学生や中学生の時に周りから砂をかけられたり、石を投げられたりして育ってきたという話を聞きました。

何らかの障害やハンディキャップがあるのならば、周りが応援やサポートをするのならわかりますが、一方では逆にそのような方の足を引っ張るようなことをするような社会で本当にいいのかと痛感したことがありました。
それが三つめの理由です。

 

そのような経験から、新しいことに挑戦して失敗したら地元にも住めなくなる、そして若者が思いを持って新しいことに挑戦しようと思っても周囲から「無理」という様々な圧力がかかる、さらに障害を持っていればその事実によって応援されるのではなくて逆に足を引っ張られるといった社会であったら何も出来ないだろうと痛感しました。

少なくとも全ての人が自分の思いに向けて走り続けられる未来に希望を持てるような社会を実現していきたいと思いました。

そしてその思いがより具体化したのがリーマンショックの時でした。
社会人3年目の時にリーマンショックが起き、当時私は愛知県でリクルートの就職支援の仕事を行っておりました。
そんなことが起きると自分が就職支援した方々が一瞬で派遣切れになり、路上に出てホームレスになって行くという現場を見てきました。

私はまずは目の前でホームレスになっている方々のご支援が何か出来ないかと思い、そのようなNPO団体のお手伝いから始まりました。
そしてその次に私が取り組んだことは、
働きたいけれど働けない
といった問題です。

当時は若者失業率が10%で、10人に一人が失業している、6人に一人が仕事に就けない中で本当に仕事に困っている方が働くことが出来るような社会を実現したいという思いで、リクルートの中ではニート状態や引きこもり状態の方の就職支援の事業の立ち上げを提案しておりました。

そういったサービスも全国27拠点で展開したものの、やはり根本的に全ての人が未来に希望を持って働けるような社会を作ろうとすると、職場の数が減り続けている中でいうと、目の前で就職支援のみをしているのでは厳しいということを痛感いたしました。

当時でいくと、雇用の受け皿は減り続けていて、今でも「アベノミクスの下で雇用は増えている」とは言われていても、それはあくまで非正規社員の派遣・契約社員が増えているだけで、正規雇用は中々増えていません。それに加え、増えているのはサービス業のみで、製造業や男性の雇用の受け皿は減り続けていると言われているのです。

このままでは働きたいけれど働けない人がさらに増え続けると言われているので、そういった事態のために雇用の数や職場の数を増やしていくための仕組みを作らなければいけないということを思いました。

そのためには日本から新たな産業が生まれることが大切なので、そこで起業家を応援するプラットフォームを作りたいという思いで今立ち上げてきたところです。

しかしそれをやろうとした時には、リクルートはあくまで就職支援の会社なのでリクルートの中では出来ませんでした。
独立や起業を支援するのであれば、やはり自分で新しいところに立ち上げた方がスムーズに支援することが出来ると考え、自分で独立して仕事を立ち上げることに決め、この仕事をスタートさせました。

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